今月の一言 2018年3月

 今年も山の方から黄色い疫病神が春風と共にやってきました。よくよく考えてみると、彼らとは45年以上の付き合いで、まさに腐れ縁ということになります。中学生の頃、絵の上手な友人の描いた私の似顔絵の眼球だけが、何故か必ず血走っていました。たぶん、あの頃からスギ花粉の影響が出始めていたのかもしれません。今までに飛散数が少ない年には、比較的症状が軽い時がありましたが、結局、余程居心地がいいらしく、未だに居座っています。  まず目が痒くなり、鼻水が止まらず、最後には喉にきてしまいます。塾のように声を出す仕事では、花粉症は致命的です。薬を飲めば一時的には止まりますが、強い薬ほど眠気を催したり、異常なほどに喉が渇いたり、一日中ぼーっとしてしまいます。耳鼻科に通っても、花粉のアレルギーだから治らないと宣告され、治療することなく、薬を処方するだけでした。毎日睡眠不足が続き、生活に支障をきたすようになると、これは耳鼻科の陰謀に違いない、と疑心暗鬼に陥っていた頃、塾の送迎バスの運転手さんに市内のある医院を紹介していただきました。それ以来30数年、その先生のおかげで嫌いだった春がそうでなくなりました。昨日から鼻の辺りがムズムズしてきたので、今日早速行ってきました。  子供の頃は、春が来るのが待ち遠しくてたまりませんでした。冬の眠りから覚めた木々が芽を吹き出し、生き物が活発に動き始めると、人もそれに合わせて活動を始めます昔の子供は確かに「風の子」でしたが、さすがに寒い時には行動が制限されます。だから、野山や川から春の足音が聞こえてくると、うきうきして飛び跳ねたい気分になってきます。冬の間に隠れていたものが徐々に顔を出してきますから、遊びの世界が日に日に広がっていきます。娯楽の少ない時代では、外に出て遊びを見つけることが、子供たちの特権であり、そこからいろいろなことを学びました。歳を重ねても、その時の経験はいろいろなところで役立ちました。  近い将来、花粉を心配しない春の到来は実現するのでしょうか。

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